本研究成果のポイント

  • 温度で性質が変わる材料と、肝細胞をつかまえる糖を含む材料をシリカ製の小さな粒に付けた分離装置を開発。37℃で肝細胞モデルを保持し、4℃に下げて放出することで、温度操作で選別できました。
  • 材料の長さを調整した装置では、肝細胞モデルと混在細胞を分離でき、回収細胞は未処理細胞と同程度の生存率・増殖能を維持。従来の平面型基材より1回当たり約5倍の細胞を処理できます。
  • 蛍光抗体や磁性粒子を細胞表面に付けずに選別できるため、細胞表面を保ったまま肝細胞を回収する方法として、将来の細胞治療や肝組織をつくる研究への活用が期待されます。

概要

広島大学大学院医系科学研究科の長瀬健一教授は、温度を変えるだけで肝細胞を選択的に分離・回収できる新しい筒状の装置(カラム)を開発しました。
このカラムには、肝細胞を選択的に捕まえる糖含有高分子と、温度によって性質が変化する高分子を組み合わせた特殊な材料が用いられています。これにより、細胞を傷つけにくい条件で肝細胞を捕捉し、温度を下げるだけで回収することができます。

最適な高分子構造を持つカラムを用いたところ、肝細胞とそれ以外の細胞を効率よく分離できることを確認しました。さらに、回収した肝細胞は高い生存率と増殖能を維持しており、細胞の機能が保たれていることも明らかになりました。
本技術は、肝組織の作製や再生医療研究に必要な肝細胞の精製に利用できるだけでなく、細胞表面を標識する抗体や磁気粒子を使用しない新しい細胞分離技術としての応用が期待されます。

本研究成果はRoyal Society of Chemistryより出版されている「Journal of Materials Chemistry B」に2026年6月24日に掲載されました。Volume14, Number 24のFront Coverに選ばれています。
また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。

発表論文

・「Hepatocyte purification column using thermoresponsive glycopolymer-modified silica beads」
Kenichi Nagase*(*責任著者), Junnosuke Matsuda
・Journal of Materials Chemistry B, 14, 7499-7511, 2026
DOI: 10.1039/d6tb00422a

背景

肝細胞を用いた再生医療や肝組織工学は、肝疾患に対する新しい治療戦略として期待されています。一方で、肝組織から細胞を取得する際には、肝細胞と混在する非標的細胞を分離し、目的細胞を高品質に精製する技術が重要です。
従来広く用いられている蛍光抗体や磁気粒子を利用した細胞分離法は高精度な分離が可能です。一方で、細胞表面を標識・修飾する必要があり、細胞本来の性質に影響を及ぼす可能性があります。そのため、細胞表面をできるだけ改変せずに分離できる手法が求められています。
ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)は約32℃付近で水和・脱水和状態が変化する温度応答性高分子です。高温側では脱水和して収縮し、低温側では水和して伸展する性質を示します。一方、PVLAはガラクトース構造を持つ糖含有高分子で、肝細胞表面のアシアロ糖タンパク質受容体(ASGPR)と相互作用するため、肝細胞を選択的に捕捉するリガンドとして利用できます。
そこで本研究では、これらの高分子を用いたPNIPAAmとPVLAをシリカビーズに修飾した充填剤を用いたカラムを作製し、温度制御による肝細胞分離カラムの構築を目指しました。

研究成果の内容

本研究では、肝細胞を選択的に認識する糖含有高分子(PVLA)と、温度によって性質が変化する温度応答性高分子(PNIPAAm)をシリカビーズ表面に固定し、肝細胞を分離するためのカラムを作製しました(図1)。
このカラムでは、肝細胞を捕捉した後、温度を下げるだけで回収することができます。
研究グループは、高分子の長さが異なる9種類のカラムを作製し、細胞分離性能を比較しました。その結果、肝細胞を効率よく捕捉するとともに、低温で回収しやすい最適な構造を見いだしました。温度変化によって高分子の状態が変化することで、肝細胞との結合を弱め、細胞を穏やかに回収できることが分かりました(図2)。

図1 機能性高分子修飾ビーズを用いた
肝細胞分離カラム

図2 肝細胞分離カラムの温度による肝細胞の捕捉・脱離

特に、最適化したカラムでは、肝細胞以外の細胞を通過させながら肝細胞を選択的に保持し、その後の温度低下によって効率よく回収することに成功しました。さらに、肝細胞と他の細胞を混合した試料を用いた実験でも、肝細胞を選択的に分離できることを確認しました(図3)。

図3 肝細胞分離カラムによる細胞分離性能の評価

また、回収した肝細胞は高い生存率と増殖能を維持しており、分離操作による細胞への大きなダメージは認められませんでした(図4)。これらの結果から、本技術は再生医療や肝組織工学に必要な肝細胞の精製技術として活用できる可能性が示されました。

図4 カラムから回収した肝細胞の(A)生存率の評価と(B)増殖率の評価

今後の展開

今回開発した糖含有高分子と温度応答性高分子を修飾したビーズ充填カラムは、肝細胞を標識することなく、温度変化のみで分離・回収できる点に特徴があります。また、この方式は多くの細胞を効率よく処理できるため、実用化にも適しています。
本研究グループが2022年に報告した平面型ガラス基材の分離法と比べ、1回当たりの細胞処理量は約5倍でした。そのため、本技術は肝組織工学や再生医療研究における肝細胞の精製技術としての活用が期待されます。
今後は、初代肝細胞や幹細胞由来肝細胞など、より実用に近い細胞を対象として分離性能の検証を進めるとともに、カラム条件の最適化や回収細胞の機能評価を行います。これにより、再生医療、創薬研究、薬物による肝毒性評価などへの応用が期待されます。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 教授 長瀬 健一
Tel:082-257-5323
E-mail:nagase*hiroshima-u.ac.jp
 

(*は半角@に置き換えてください)

Source: https://www.hiroshima-u.ac.jp/research/news/100013